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2006年3月18日 (土)

暗いゆりかごの中で(1)

はぁ、不安だわ。社会人になるなんて無理よ。  

私には合わないに決まってるもの。きっと仕事も

ダメで精神的につらくなって辞めるのよ。

ここしばらくの彼女の電気を消してまぶたを

閉じる前の恒例行事が始まった。

腹痛という行事開始の合図からため息での終了まで

行事は今日も順調に進んでいった。

「明日、目が覚めたら学生に戻ってればいいのに」

見えない不安や重圧を抱えながら右手で髪を

いじりながらつぶやいた。

髪の毛を人差し指で編み物をするかのように

くるくる螺旋を巻き始めたらそれは行事終了間際。

腹痛もなくなり深いため息と共に彼女は

目を閉じ闇に落ちた。

暗い暗い闇の中、不意に彼女は重たい金属音で

叩き起こされた。

何事かと思い布団から起き上がると左手に

冷たく無機質な感触を感じた。

鉄の壁であろうか、その感触は右手にもあった。

彼女は特に気にせず再び布団に入り目を閉じた。

壁にはさまれる夢なんて気分が悪い。

夢でもいいことがないなんて。そんなことを

頭の片隅に考え、残りの9割の睡魔に従い

再び彼女は目を閉じた。

いつものように目覚めると眠たい目を

こすりながら「今何時だろう」と闇の中

布団の右側にある携帯電話を手探りで探す。

すると再び冷たい金属の感触がした。

彼女は「あれ?」と右側を振り向いた。

右側のどこを触れど冷たい壁。

何か嫌な予感のした彼女は逆を振り向き反対へ

手を伸ばした。そこもあるのは硬い金属の重圧。

彼女は一瞬で血の気が引いた。

手探りで闇を切り裂くがどこもかしこも

手が当たるのは冷たく硬い壁。壁。壁。

気が付くと彼女は2畳ほどの空間に

閉じ込められていた。金属以外の感触は

くるまっている布団の感触のみだった。

壁を叩いて親に助けを求めたが叩けど叩けど

反応は鈍い金属音と反響する自分の声だけ。

ようやく事態の深刻さを理解した彼女は

おそろしい勢いで血が体を駆け巡るのを感じた。

閉じ込められた?誰が?何のために?

出ない答えを探して彼女は考え続けた。

唯一の救いは手にしている布団だった。彼女は

布団を頭までかぶり胎児のように丸まり

目を閉じて祈った。これは夢。早く覚めて。

もう一度目を開けたら私の部屋にいるはず。

受け止めがたい現状に逃避をするしかなかった。

熱い血の流れが落ち着き始めた頃

再び目を開くと彼女は絶望した。

そこは彼女の気持ちとは裏腹に目を閉じる前と

変わらないまっくら闇の世界だった。

やっぱりこれは現実なんだ。

改めて彼女は痛感した。

「一体何なの、もうどうしたらいいの。

 誰か助けてよ」

力なく言い放ちうなだれる彼女に何か

四角いものが目に入った。

手にとってみると質感から本とわかった。

なんでこんなところに本が。

彼女は不思議に思いつつも久しぶりの布団と

金属以外の感触に少し安らぎを感じ、

しだいに冷静さを取り戻していった。

落ち着いたことで彼女には今までと違った

後景が見えてきた。

かなりの時間闇の中にいたのだ。

さすがに目も慣れてきて、黒の世界から

別の色を映し出した。

ぼんやりとではあるが濃い茶色の分厚い壁が

四方八方を囲んでいるのが見える。

叩いた感じではまるでアスファルトの地面を

押すようにびくともしない感じの印象だ。

壁はところどころゴツゴツとでっぱりが

見えるがどこかに外へ出られる場所が

あるという感じではなかった。

寝ていた布団の下にも、天井にも同様の

壁があった。

布団は紛れもなく自宅の布団だった。

犯人は布団ごと私をさらったのだろうか。

彼女はふと本を見るとそこには見覚えのある 

ピエロ描かれていた。その本は気さくで優しい

高所恐怖症のピエロがある日、空中ブランコを

やるように団長から命じられるが、ピエロは

それが嫌でサーカスを辞めようと思うのだが

周りの団員達に励まされて苦手な

空中ブランコに挑戦するまでを描いた少し

変わった内容の作品だ。

しかし彼女はこの本が友人に好んで貸すほど

この物語が好きだった。

主人公であるピエロの優しさやブランコを

やることを決心した勇気は彼女にとって理想で

憧れの存在でもあった。

本の内容を思い出したからなのかわからないが

なぜか彼女は突然やる気があふれ出てきた。

まるで本の中の主人公になった気分だ。

「いつまでも嘆いてたらこの本のピエロの

ようにはなれないもんね」

自分に言い聞かせるようにつぶやくと

よし、と軽くコブシを握り気合を入れた。

色々と気になる謎はあるがひとまず早くこの

暗い部屋を脱出することが先決と思い

彼女は部屋の脱出法を考え始めた。

「こうも四方八方びっしりと壁に囲まれてちゃ

 外に出ようがないよねぇ」

いきなり弱気な発言をした彼女でしたがその後

ふと気が付いたことがあった。

四方八方を壁に囲まれているはずなのに息が 

苦しくない。つまりこれはどこかに隙間がある

ということだ。そうでなければ大きな空気孔が

あるようには見えないこの部屋にかなりの時間

中にいる私は酸欠になってもおかしくはない。

次にこの空間についてだ。

ここに犯人が私を閉じ込めたならどこかに

出入り口があるということだ。

そうでなければ犯人は私をこの部屋に

入れられないはずだからだ。

ただ、犯人の目的が私を殺すことだった場合は

この部屋が閉めたら二度と開かないような

扉だとしたらお手上げだけど、そうだとしたら

この部屋を密室にして窒息させるはず。

部屋に空気が流れてくるのはおかしいわ。

そう考え、彼女は必死で隙間を探した。すると

部屋の隅に横10cm20cmほどの隙間が。

かろうじて手が通る感じだ。細身の彼女でも

とても体は通りそうもない。

隙間から外をのぞいてみるがこちらが闇なのだ

当然外も暗い闇で外がどんな場所なのかすら

特定できなかった。

外もただ深い闇と静寂が存在するだけだった。

それでもこの閉鎖空間にいるよりはマシと

彼女は隙間の両端の壁を左右に引っ張ったが

想像通りびくともしなかった。

ここで彼女にある不安がよぎった。

もし犯人が私を苦しめてじわじわ殺すのが目的

だとしたら・・・。

そんな不安をかき消すように首を左右に振ると

隙間を上下左右に押して引いての繰り返し。

負けない。死にたくない。心の中でそう

叫びながら彼女は壁と格闘し続けた。

壁は彼女の頑張りとは裏腹に微動だにせず

沈黙を守っていた。

頑張っても報われない時ほど精神的に受ける

ダメージは大きいものだ。

一抹の希望を失いかけた彼女は目の奥から

湧き上がってきた洪水を止めようとせず、ただ

ヒステリックに本も布団も投げられる物は全て

壁に叩きつけるように投げた。

そんなことをしてもどうにもならないと

わかっているのに。何かに八つ当たりせずには

いられなかった。

散らばった本と布団を見て彼女は仕方なく

投げたものを拾うことにした。

この行為がむなしいのなんの。

深くため息をつきながらの回収作業。

布団を回収し終え、本を回収しようとした。

すると本が壁の隙間にはさまって引っ張っても

抜けなくなっていた。

ありえない。

なんて私はついていないのだろう。

自分が嫌になりつつも彼女は本を引っ張った。

少し引っ張った程度では本は抜けそうもない。

「もう、なんで本がはさまっただけなのに

 こんなに抜けにくいのよ」

愚痴を言いつつも手前に手がつるくらい

力いっぱいに本を引き続けた。

重たい石うすをするような鈍い音と共に本は

彼女の胸元に飛び込んだ。

本が抜けた拍子に彼女は反動で後頭部を床に

打ちつけた。

「痛た、もう嫌・・・」

頭をさすりながら体を起こすと彼女は驚いた。

なんとわずかではあるが壁が手前に

動いていたのだ。

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