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2006年5月13日 (土)

虫への懺悔

職業柄とはいえ害虫に詳しいのも考え物だな。虫に関して彼女と感覚が違ってきているからなぁ。

「きゃ~、きゃ~、ちょっと来て~!!」

 まただ。おそらく虫が出たのだろう。この金切り声と逃げ回る彼女の足音を聞けば大体の見当はついた。

「どうした。何かいたか」

「何かいたじゃないわよ。馬鹿」

「おいおい」

いきなり八つ当たりだ。まぁお約束だけど。

「ムカデみたいな足がたくさんあるのが凄いスピードでカサカサと・・・うぅ~」

後半など言葉にすらなってない。そんな泣きそうな彼女を見てるとかわいらしく思える。

「大丈夫だ、そりゃゲジだよ。毒はないし虫を食べてくれるやつだよ」

「大丈夫じゃない! 気持ち悪い!!」

半ギレで目に涙が溜まってきている彼女の頭を優しく叩いた。

「大丈夫だ。ちょっとあっち行ってな、退治しといてやるから」

 彼女を別の部屋に非難させると殺虫剤を取り出してゲジを退治した。

「ほれ、もう大丈夫だから安心しな」

「も~、虫嫌い。なんであんなに気持ち悪いの」

「そんなこと言うなよ。俺も苦手だけど虫だって生きてるんだから」

 そう。虫だって生きている。ヒトよりよっぽど懸命に。

「そういやゴキブリホイホイしかけたって言ってたよな。どうだった」

「ん~、ほら成果なし」

 そう言って彼女はゴキブリホイホイを俺に渡した。

「何中身なんかじ~っと見てるのよ。変な小さい虫しかついてないわよ」

「お前、これどこにしかけた」

「台所の洗面台の下よ」

「お前、台所の下あまり掃除してないな」

目を細めてジッと彼女を見ると彼女は図星をつかれたように見るからにうろたえて

「な、何言ってるのよ。毎日掃除してるに決まってるでしょ」

「ははは、残念だね。このホイホイについてる小さい虫はチョウバエっていう汚れてる場所から発生するハエでね。こいつがいるってことは近くにこいつの住処があるってことなんだよ。つまり汚れてるとこが近くにあるってこと」

「何でそんなことわかるのよ」

「チョウバエは飛翔力が弱くてね。ようは自力で遠くまで飛べないんだ。だからこいつが数匹捕獲されるってことは・・・」

「でもでもその小さいのがチョウバエ、だっけ? そのハエとは限らないでしょ」

形勢が悪いと思ったのか彼女は俺の話を途中で遮ってイチャモンをつけてきた。

「ん~、見てみ」

棚から虫眼鏡を取り出して虫を拡大した。

「嫌、気持ち悪い」

 そりゃそうだ。ハエだもん。形はハエですよ。

「おいおい。それじゃ説明できんだろうが」

「嫌なものは嫌なの」

そう言いながら好奇心で顔をのぞかせる彼女。まったく彼女らしい。

「こいつは割と特徴的でね。羽が葉っぱみたいだろ。おまけに羽に細かい毛が生えているのが見えるだろう。それがこいつの特徴」

「へ~、虫も調べると虫ごとの生活観みたいなのがわかるんだねぇ」

「そうだな。ついでにお前の生活観も見えて」

「うるさい! 関心してるんだから水さすな~」

「関心したなら掃除を」

「うるさ~い。文句があるなら自分でやれい。もしくは帰れ帰れ」

「へいへい。わかりやしたよ、お姫様」

 俺は重い足取りで掃除用具を取りに向かった。

「わかればよろしい」

「一言多いっての」

 後は黙々と台所掃除。手馴れているのは何と言うのだろうか、自宅でなければどこまでも綺麗に出来そうな変な自信に自分自身で素直に驚いてしまった。俺はこんな生活を送ってるけど虫にだって虫の生活があるんだよな。虫からしたら俺の仕事って大量虐殺だもんな。大量殺人で極刑って感じかな。なんてな。冗談は言ってみるが実際そう考えると気が重いのも事実。あいつらだって懸命に生きてるんだからな。好きにはなれないけど嫌うのも頑張って克服したいもんだな。そんなことを考えながらも台所は電球の光をそのまま返すかのようにまぶしく輝いている。

「お疲れ様。はい、コーヒー」

 そう言って彼女はテーブルに俺の分のコーヒーを置いてくれた。

「おう、ありがと」

テーブルにゆっくりと腰を下ろす。

「どしたの、元気ないぞ」

相変わらず勘だけは鋭い。変に考えて落ち込むのは俺の悪い癖だな。頭のモヤを首を振って振り払った。そして目を閉じて手を合わせ深く黙祷した。

「何々? 何やってんの」

「ん。お祈り」

「らしくな~い。何してんの」

「ははは、だな」

そう言って軽くコーヒーをすすった。

俺から虫へのささやかな冥福と決意を込めた祈り。

お前らの命を犠牲にした分俺は精一杯生きるから安らかに眠ってくれ。自分勝手なエゴだがお前らのことをなるべく殺さないで、そして忘れずにいてやることが俺が出来るせめてもの償いだと思いたい。

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