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2006年9月19日 (火)

彼女の海の中で(1)

先ほどまで青ざめた顔をした女の子はすっかり笑顔を取り戻していた。

「ありがとう。本当にありがとう」

「別に。次は止めないからな」

俺、後藤啓太はある特殊な能力のせいでなるべく人と接さないようにしている。なのにしっかり関わって能力まで使ってしまった自分に腹が立っているところだ。俺はだらしなく女の子に手を振ると歩くことすら面倒くさそうに酔っ払いのようにフラフラと歩いた。少し歩いたところで気まぐれで振り返ってみると女の子が深々と頭を下げていた。俺にそんな価値ないのに。そんな俺が毎日かかさず行っている場所がある。今日も店の扉を開けるとほのかに香る甘い和菓子の香りが漂っていた。

「いらっしゃ…なーんだサボテン君かぁ」

店の奥からやって来たのは武藤杏。この店に来る俺の目的は彼女に会うためと言っても過言ではない。もちろん饅頭も本当に美味しいのだが。

「サボテンはよせ」

「あら、ごめんなさい。サボりの店員を略してサボテン。なかなかうまく考えたと思うんだけど」

そう言うと彼女は意地悪く微笑んだ。

彼女の笑顔にはかなわない。俺にとってその笑顔は店から香る和菓子の香よりも淡く甘く、多少のことなら何を言われても許してしまいそうな魔力を秘めている。

「いつもの1つ」

 照れを隠しながらの注文も今では前ほど緊張しない。

「はい。いつもの『心の雫』ひとつね」

『心の雫』という赤い和菓子は初めは名前に惹かれたので買ったのだが独特の甘酸っぱさが後味に残り、すっかりファンになってしまった。和菓子を渡すときに彼女は忘れていた何かを思い出したようにピクンと眉を動かし俺の顔を見上げた。不覚にもドキっとしてしまった。

「そういえば私の友達がサボテン君に相談したいことがあるんだって。かなり落ち込んでたから話だけでも聞いてあげてくれないかな」

そう言うと包装紙に流れるように字を書くと

「これが住所だから行ってみてくれない?常連のよしみってことで」

そう言いながら住所の紙を俺に渡した。

せっかくの彼女のお願いだから聞きたいのはやまやまだが他人に関わるとろくなことがない。この能力を持っているからなおさらだ。丁重にお断りさせていただこう。

「悪いけど無理だ」

「そう・・・」

視線を下に落とし明らかに落胆した彼女を見て俺は変な罪悪感が胸をチクチクと刺していた。もう少しこれ以上彼女の落胆した姿に耐えられなかった俺は商品を持って外へ出た。いつも通りに買った和菓子を帰り道でパクつく。いつもと同じはずなのに今日はあまり美味しくない。気が滅入っているとこんなもんなのか。結局店に帰るまで彼女の顔が頭から離れなかった。毎日かかさず行っていたがその日から俺はしばらく彼女の店に行かなかった。単純にその日と同じ話題でまた落胆する彼女の顔を見たくなかった。

彼女の頼みを断ってから一週間が過ぎた。そろそろ行っても良いだろう。この一週間、彼女に会いたくなる日もあったが我慢した。それも彼女があの話題を忘れてもらうためだ。俺は自分を抑えられずに早歩きで彼女の店に向かった。店が見えてきたところで少し違和感を感じた。息を整えながら店に近づくと店の看板は暗く店のシャッターは重く下がっていた。今日は水曜日だから店はやってるはずなんだが。不思議に思い特に深い考えなどなく店の裏手側にまわった。嫌なほどに静かなそこは揺らめく木々すらどこか寂しげだった。店裏の窓から座り込んだ彼女が見えた。俺は久々に彼女に会えた喜びで舞い上がり、窓から店の中に構わず入ろうとした。窓の格子に手がかかる頃に異変に気付いた。下を向いた彼女から雫が落ちた。涙だ。よく見ると手も震えていた。俺は馬鹿だ。彼女が悲しんでるのも知らないで一人で馬鹿みたいに浮かれて。彼女に何があったんだろう。そう考えたときに俺の体に電気が走った。俺が彼女の頼みを断ったから友達に嫌われたりしたのか。ありえる。こうしてはいられない。俺は急いで家に戻った。家に着いていつもはくお気に入りのジーンズのポケットをあさり、給料明細や請求書の入った棚をあさり、辺りをあさって相談を依頼してきた彼女の友達の住所を書いた包装紙を見つけた。

「よかった、まだあった」

包装紙を握りしめて急ぎ原チャに乗りこみ住所の場所へと飛ばした。

「適当に相談だけ受けて帰るとしよう」

そう言いながらついつい余計なことに首を突っ込みそうな自分自身に言い聞かせてみた。住所の場所は10分とかからずに着いた。どうやら目の前に見える簡素なマンションにいるようだ。

「ここの1階の端の部屋だな」

俺は端の部屋のインターホンを鳴らした。

「誰?」

ドア越しに不機嫌そうな女の声が聞こえてきた。

「武藤に頼まれてきた後藤だ。何か相談があるんだろ」

「私に悩みなんかないわよ。ほっといて」

予想外の答えが返ってきたが相談されなくていいならむしろ好都合だ。

「そうか。なら帰るわ。武藤によろしくたのむわ」

あっさりと話を切り上げ帰ろうと歩き出すと

「待ちなさいよ」

ためらいながらもドアを開けて気の強そうな女性が出て来た。

「相談させなさいよ、いいじゃない」

さっきはほっとけと言っておきながら何なんだまったく。俺は渋々彼女の家の中に入った。

そういえば女性の部屋に入るなんて初めてだな。いかん、無駄に緊張する。部屋の中は彼女のつり上がった眉とは対照的に可愛らしいぬいぐるみが所狭しと並んでいる。絵が好きなのか画材道具もなかなかの品揃えだ。まあいい、サッサと済ませよう。

「相談って何?」

「私、好きな人が出来るとなぜか冷たい態度をとっちゃうの。その天の邪鬼な性格を何とか出来ないかしら」

彼女は口を尖らせ目を伏せながら答えた。

「おいおい、俺にどうしろってんだ。俺よりカウンセラーのがプロだからそっちには相談してみた方が早いんじゃないのか?」

彼女は相談を嫌そうにしている俺を切なそうな瞳で下から見上げるとうつむきながら話し出した。

「私の知り合いがね、自殺未遂しちゃったんだ。正確には自殺しようとしたところをある人に止められて思いとどまったの。これであなたに相談した意味がわかった?」

俺は思い当たる節がある。数日前に俺が能力を使って自殺を止めさせた女の子だ。

「その子から俺のこと聞いたのか?」

「ええ、それであなたなら何とかしてくれると思って…」

「そうか。わかっているならいいか」

俺は立ち上がり彼女のそばへ向かった。やはり能力を使った後はこの地を去るべきだったな。まぁ、ぼやいても始まらんか。

「手を出して目をつぶってくれ」

「ど、どうするの?」

「悪いが秘密だ。だが悩みは解決してやるから黙ってやってくれ」

彼女は少し戸惑いながらも目を閉じ手を差し出した。その手に俺の手を重ねる。これからが俺の能力だ。相手と手を重ね精神集中することで相手の精神世界に入ることが出来るんだ。ようは心の中がのぞけるのさ。リンクと名付けたこの能力もようやく扱いに慣れてきた。

なんのことはない、手を握れば相手の記憶や願望が手に取るようにわかる世界に入れるのだ。俺はと彼女と向き合いながら握手をした。手には静電気のような軽い刺激とともに俺の意識は彼女の中に入った。中はまるで夜の海中のようで俺はその中を深く奥へと潜っていく。途中に丸い光がいくつも見えてくる。これは彼女の意識の断片。その光に触れると触れた階層に応じた彼女の意識、心理を見ることが出来る。俺が目指しているのはだいぶ下にある深層心理の階層だ。そこまで行かないと上辺だけの意味のない彼女の意識や嘘が混ざり解決が難しくなってしまうのだ。特に今回は根本的な性格の問題だ。より下層にいかねば解決は難しいとみるのが妥当だ。能力を得た初めはそれさえわからず色々と苦労した。しばらく彼女の海を潜っていくと光の色が明るいオレンジの光から暗い青紫色に変わってきた。これは彼女の意識が深層心理の階層に入ったことを意味する。そこで俺は彼女の『天の邪鬼』の根源になっている心理の光を探した。光はどれも同じようだが近くに行くとぼんやりとその光の意識が見えてくるのだ。例えば失恋なら振られてるシーンなんかが浮かんでくるわけだ。今回は『天の邪鬼』という分かり難い探索内容だが、それらしきものを探してみるとしよう。

手当たり次第に潜り込むのは危険だ。出来る限りの勘と経験を頼りに絞り込んでいく。今の俺なら数十個ある光の中から大体5つまでは絞り込める。後は可能性の高そうなものから順に光に触れて光の中に入るだけだ。俺は目星を付けた光にそっと手をあてた。やがて触れた光があたり一面に広がっていく。これは光の意志が発現した証だ。周囲の景色は緑に囲まれた場所へと姿を変えた。乗る人がおらず寂しく揺れているブランコ、静かにたたずむベンチ、どこぞの公園だろうか。公園の入り口に人影が見えてきた。彼女だ。正確には彼女と見知らぬ男が二人で話しながら公園に入って来た。事を見守るためにもここは密かに見ていよう。俺は公園の茂みに隠れ息をひそめた。俺の人の意識を変えられる能力とは裏を返せば不要な意識まで変えてしまう危険性を秘めている。ここで彼女に見つかると変に意識を変えてしまうので隠れ見るのが上等策なのだ。何やら二人が喋り出した。

「で話って何だ」

男がベンチに腰掛け彼女聞いた。

「えっと…」

彼女は赤面し、目を激しく泳がす。公園に何とも言い難い沈黙が続いた。

「あの…」

彼女は決意した顔で口を開いた。

「ずっと前から好きでした」

彼女からの突然の告白に男は目を丸くして固まった。しばらく気まずい空気のする沈黙が続いた。

「ごめん」

短い言葉だが彼女の一世一代の挑戦は無惨にも終わりを告げた。男は気まずそうに一礼するとその場を去っていった。彼が去る姿もおぼろげに彼女は立ち尽くしていた。

『ああ、大好きな彼が遠くに行っちゃう』

まるで空いっぱいにエコーがかった彼女の声がこだました。

「ついに出たか」

これは彼女の心の声。この能力の前では隠し事など無駄なのだ。ただし飛び込んだ光の意志に関すること以外の心の声は聞こえない欠点はある。正直面倒でうざったい。だが愚痴を言っても仕方がない。全ては問題解決の、ひいては武藤杏のためだ。俺は草むらから出て彼女の元に向かった。

『こんなことなら告白しなければよかった。友達として付き合っていけばよかった』

 小さなため息をつきながら彼女はまだベンチの前で固まっている。

「本当にそう思っているのか?」

俺の不意のかけ声に殺害現場を目撃された犯人のように彼女は眼を見開き、振り返った。話を盗み聞きされた怒りと告白が失敗したストレスを俺にぶつけるような負のオーラが彼女の背中に毘沙門天が腕組している錯覚すら覚えさせた。

ここで彼女の迫力に気圧されてはいけない。かといってここは彼女の世界、下手なことは出来ない。頬から一筋の汗が流れた。ここからが正念場だ。口を真一文字に結び、黙って探りを入れている俺に彼女からの先制攻撃が始まった。

「私は気分が悪いの、あんたにかまってる余裕なんかないからどっか行ってよ!」

半ば八つ当たりに近い怒りの感情が俺にぶつけられる。

「悪いがそうはいかん。天の邪鬼になって結果困っているのはお前自身なんだぞ」

「よく言うわよ。あんたの目的なんて所詮は杏のためで私のことなんかちっとも救おうなんて思ってないくせに」

彼女は口をとがらせ嫌味たっぷりに言った。その口はまるで滑稽なひょっとこのお面のようだった。まぁ、口とは違って目からは痛いほどの敵意がいまだ突き刺さる。相手から罵声を浴びせられたり殴られたりは当たり前のこの世界だ。これくらいどうということもない。

「それは否定しない、けどこれはあんた自身の望みなんだぞ」

「そんなこと言われても傷付くのは嫌よ。それならいっそ嫌われても仕方がない天の邪鬼だっていいのよ!」

「なら一生自分の意見を言わないで後悔し続けろ」

俺は自分でも冷酷な目をしていることを感じた。彼女は少々うろたえたようでうつむいて黙ってしまった。俺の予測は外れた。彼女は黙りながらも拳は固く握られ、歯を食いしばっていた。次に彼女と目が合ったがその目はまさに敵意の塊をぶつけられていた。そう簡単に解決しそうにもないな。

「あなたに嫌われる人の気持ちがわかるの?」

「なぜだ?誰だって嫌われたりするだろ?」

「あんたはその能力で人の気持ちがすぐわかるから好かれようとすることなんて簡単じゃない。私みたいに好きな人に嫌われる気持ちなんかわかるわけないって言ってるのよ」

「ふ、ははははは」俺はこらえきれず笑ってしまった。

「何がおかしいのよ」

「お前がこの能力についてだいぶ誤解しているのがおかしくてな」

「何が違うのよ」

何を口からでまかせを言ってるんだ、そんな副音声が聞こえてくるような話口調だった。

「人の気持ちがわかるんじゃない、押し付けられるのさ。下手をすると知りたくもない癖や幻滅しかねない隠れた本心とかもな。理性なんてないから時には残酷なんだぜ」

思わず遠い目をしてあの日を思い出してしまった。すぐに過去を振り返る、俺の悪い癖だ。

「だから何よ、そうだとしても私の本当の気持ちなんかわからないわよ」

ふぅ、と俺はため息をついた。

「聞いてなかったのか?俺には伝わるんだよ。『素直になりたい』って悲しんでるお前の本心がな」

「あんたに何がわかるのよ!」

彼女は声を荒げた。まるで自分の本心すらかき消すかのように。

「わかるさ。ふられてヤケになる気持ちもな。そもそもこの能力を背負っちまったキッカケも元を辿れば失恋からだ」

「え?」

彼女は俺の予想外の反応に戸惑っているようだった。

「あんたに何があったの?その能力って生まれつきじゃないの?」

探るように聞かれた彼女の質問は俺を正気に戻してくれた。「別に、俺のことは気にするな」

まったく俺は何をしゃべってんだか、今は俺のことはどうでもいいだろうに。

「まぁ、とにかく落ち着け。時間はあるんだ。じっくり話聞いてやるからよ」

ふられて絶望する気持ちはわからんでもないからな。共感できる部分もあるはずだ。

「誰があんたなんかに言うのよ」

警戒心満々といったところか。それはそうだろう。失恋直後でイライラしているんだ。説教しても抜け殻の心に届くのは針が刺さるような痛みだけ。チクチクと鋭く胸に刺さるだけ。

「誰にも本心を話さず独りで抱え込むのはつらいぞ。今お前の中にあるモヤモヤした何かを吐き出せば少しは楽になれるぞ」

俺の問いかけに彼女は黙って俺を見つめた。先ほどの敵意とは違い眉間にシワがよっているものの目は弱々しい小動物のようだった。おそらく彼女自身も待っていたのだろう、自分の感情をストレートに吐き出せる人物を。例えそれが俺のような変わり者であろうとも。だが一方では人に弱い感情は見せたくないという彼女の心が警戒心を生み、眉間にシワをよせさせているのだろう。

「じゃあ」

彼女が重い口を開いた。

「あなたの失恋の話をしてくれたら私も話すわ」

予想外のカウンターをくらい今度は俺が考え込んでしまった。この世界では嘘、偽りはない。つまり彼女がそう言ったということは俺が言えば確実に言うということだ。しかし出来れば俺は過去を振り返りたくない。公園に木々が風で揺れる音が聞こえた。俺は深く一息入れ、覚悟を決めた。

「わかった、一度しか話さんからな」

俺は彼女と近くのベンチに座った。

俺と彼女の出会いは何のことはない、同じ学校に通っていただけだ。いつ頃仲良くなったかは覚えていない。大学で同じ商学科で3年になる頃はよくレポートを協力してこなしたもんだ。好きという感情はあったがそれが友達としてなのか一人の女としてなのかわからない、そのときはそんなもんだった。4年になる頃だ、お互い就活の志望動機を練ったり擬似面接なんかして頑張った。そのおかげか二人とも5月の中旬には就職先が決まっていた。俺は保険会社社員、彼女は大手A社の事務経理だ。大学も卒業して就職した後はお互い忙しかったこともあり会うこともなくなっていた。なぜか俺は彼女の顔がちらついては寂しくなっていた、そのとき気が付いた。ああ、俺は彼女のことが好きだったんだ、と。就職してから3ヶ月ほど経ってから彼女に電話した、会いたかったからだ。しかし彼女はえらく元気がなく抜け殻のような声だった。話を聞くと職場の上司に毎日怒鳴られ、残業させられ、理不尽な対応を受けているらしい。いわゆるパワハラだ。彼女は仕事をするたびに調子が悪くなっていき、しだいには腹痛で動けなくなったりするようになっていたらしい。元気で明るかった彼女からは想像もつかない。俺はうつ気味の彼女に元気を出してほしくて定期的に遊びに誘ったり電話で励ましたりしていた。しかしそのうちに彼女は遊びにも来なくなり、電話も出なくなっていた。心配になった俺は彼女に何度も電話した。まさかとは思うが早まらないでほしい、しかし俺は別の意味でまさかと思わされる。電話に出た彼女に安心したのも束の間、開口一番に彼女の口から出た言葉は

「もう電話してこないで」

だった。当然なんでという気持ちがあったので彼女に聞いてみると、放っておいてほしい。気持ちはありがたかったけど重いからもう嫌なの、だそうだ。俺はしばらく受話器から聴こえるツーッツーッと言う音がえらく耳に残った。思えばそれが悪夢の始まりだった。失恋した俺はヤケになって治験のバイトを始めた。別に危ないことはなく新薬を飲んでモニターするだけ。金もいいんでやった。心のどこかでどうなってもいいやという感覚があったのもバイトをするきっかけの一つだろう。なんの成分の入った薬だったかは忘れたが悪性腫瘍の抑制防止の目的で作られた薬を飲んだ時だ、ちょうど治験のバイト3回目のときだ。飲んだ後もいたって正常だったのだが、検査を終えて家に帰る途中で例の能力が目覚めた。相手はスーパーのレジ打ちだ。そのときのことは正直あまり覚えていない。別世界に入ってしまった強い印象だけがいやに頭に映像として残っている。そして俺は考えた。これなら彼女の本心がわかる、理解出来たら彼女を助けられるだろう。俺は大馬鹿だった。そのときに気付くべきだった。俺の能力の恐ろしさを。俺は彼女の通勤経路の最寄駅で彼女を待ち、すんなり彼女を見つけ能力を発動させた。その頃は深層心理のエリアのことなんか知らずただ自分が写っている光を探した。ある光に俺が写っていたのでその光の中に入った。それはかなり深い場所であったことを俺は気付いていなかった。光の中に入るとそこはなぜか真っ暗で俺と彼女しかない世界だった。俺は単刀直入に彼女に聞いた。

「俺のどこが悪かったんだい。気に入らないところがあったら直すからさ」

彼女はその質問に吐き捨てるように返した。

「一人で落ち着きたいときがあるでしょ、なのに週に3回は電話してきて、何なの?私に好意があるのはもう伝わってるけど私が疲れてるときに電話してこないでよウザイから。あなたのこと嫌いじゃないけど好きでもないんだからさぁ、顔も格好良くないし性格も好みじゃないもの。私はグイグイ引っ張ってってくれる優しい人が好きなのよ。これ以上一緒にいると勘違いされたくなかったのよ」

彼女は見たこともない冷たい眼をしていた。氷の眼とはこんな眼を言うのだろう。そんな雪の女王の氷の眼に見つめられた俺の心は瞬時に凍って砕けた。彼女ははっきりと物事を言うタイプではなかっただけに余計に効いたのだろう。放心状態とはよく言ったものだ。心をどこかに放してしまったみたいに何も感じられなくなった。眼に見える彼女の姿もおぼろげに、聴こえるはずの音も聴こえずに周りの闇に沈んでいく。どれだけの時間が流れたのだろう、いや、止まっていたのだ。彼女は同じ位置で立っている。何年も経ったと思った闇の中、少し慣れてきた頃になぜか俺の中でモヤモヤとした感情が湧いてきた。

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